本作の主人公は、前職で心身のエネルギーを完全に使い果たし、燃え尽き症候群(バーンアウト)となって退職した30代の女性です。職業相談所で出会った風変わりな相談員・門脇から紹介される形で、彼女は「なるべく頭を使わず、感情を動かさずに済む仕事」を求めて、奇妙な業務を転々と引き受けていきます。
彼女が経験する業務は、どれも世間の主流からは外れた、一風変わったものばかりです。
- みかづきの観察:監視カメラの映像を通じて、ある作家の日常生活をただひたすら見張り、不審な動きがないか記録する仕事。
- バスのアナウンスの原稿作成:地元の路線バスで流れる停留所ごとの短い音声広告を作成し、店舗の要望をまとめる仕事。
- おかきの袋の裏の原稿作成:お菓子の包装袋の裏面に印刷される、他愛のない豆知識や雑学コラムを執筆・選定する仕事。
- 路地を貼る仕事:街の入り組んだ路地や掲示板を歩き回り、指定されたポスターを淡々と貼り替えていく仕事。
- 大きな森の小屋での簡単なお仕事:鬱蒼とした森林公園の奥深くにある小屋で、来訪者にお茶を淹れ、簡単な案内を行う仕事。
どの仕事も当初は「これなら誰とも深く関わらず、心穏やかにこなせる」と思えた作業でした。しかし現場に入ると、監視対象の作家の人間ドラマに巻き込まれたり、バス広告の文言を巡る店主たちの執念に直面したり、ポスター貼りの過程で街の不穏な人間関係に気付いてしまったりと、予期せぬ事態が次々と発生します。
物語の核心となる結末で明かされるのは、「どれほど業務範囲を限定しようとも、人間が営む以上、完全に無菌でたやすい仕事など存在しない」という逆説的な事実です。主人公は決してトラブルを望んでいたわけではありません。しかし、持ち前の誠実さゆえに、目の前の奇妙な仕事に小さな工夫を凝らし、関係者と関わってしまう自らの性分に気付きます。
最後の「森の小屋」での業務を終えたとき、彼女は以前のような「仕事への恐怖」ではなく、「自分が社会と再び関わる準備ができた」という確かな手応えを得ていました。かつて自分を壊してしまった激務に戻るわけではなくとも、逃げ続けるのではなく、自分なりの距離感で再び社会に立ち戻っていく希望に満ちた結末が用意されています。