SNSの普及以降、ネット空間では著名人やインフルエンサーの小さな失言・スキャンダルをきっかけに徹底的な社会的制裁を加える「キャンセルカルチャー」が苛烈さを増しています。その根底にあるのは、「公の場に出る人間は聖人君子であるべきだ」という過剰な道徳的純潔主義です。
しかし、ネット掲示板やSNS上で語られる当事者たちの生の声に耳を傾けると、全く異なる現場のリアリズムが浮かび上がってきます。
「うちの会社で『誰に対しても怒らない仏のような先輩』ともてはやされていた人がいた。でも飲み会でポロッと『怒るエネルギーを使う価値が相手にないから諦めているだけ』と虚無的な目で言われて背筋が凍った」(大手IT企業勤務・30代男性の証言)
「ボランティアサークルの代表はSNSでは絵に描いたような人格者。だけど裏アカではメンバーの愚痴や悪口を延々と書き連ねていて、人間不信になった」(知恵袋・SNS投稿より抜粋)
「聖人君子なんてこの世に存在しない」と断言される理由は、人間という生命体が持つ本質的な矛盾にあります。生物学的にも心理学的にも、自己防衛欲求、縄張り意識、性淘汰における競争心といった本能を排除することはできません。過剰にクリーンな像を求める社会の空気は、人間から「自然な弱さを見せる権利」を奪い、結果として地下に潜った醜い本性をより陰湿な形で炸裂させる原因になっています。