世間のバッシングを乗り越えて入籍した2人でしたが、結婚生活はわずか1年7ヶ月、2000年6月には正式に離婚という結末を迎えます。お互いに強い覚悟を持って踏み切ったはずの結婚が、なぜこれほど短期間で破綻してしまったのでしょうか。
離婚理由の根底にあったのは、歌舞伎界という極めて封建的な組織が求める「梨園の妻」の役割と、自立した職業人として生きてきた近藤さんの価値観との深刻なミスマッチでした。梨園では、夫の身の回りの世話や贔屓筋(ひいきすじ)への細やかな挨拶回りはもちろんのこと、何よりも「跡継ぎとなる男子を産み育てること」が無言の絶対条件として課されます。
当時、すでに前妻との間に後継者となる息子が誕生していた状況も複雑な影を落としました。近藤さん自身が後の手記や告白番組で明かしたところによると、自らの意思や人格が「家」の論理に塗りつぶされていく感覚に対する強い精神的葛藤があったとされています。伝統を守ることを至上命題とする名門の掟と、個の尊厳を守ろうとする彼女の姿勢は、最後まで交わることはありませんでした。
離婚に際して注目された「慰謝料」についても、一部で億単位の攻防があったかのように報じられましたが、実際には近藤さん側からの法外な金銭要求はなく、財産分与を含めて極めて清廉に決着したと伝えられています。金銭による補償よりも、自らの足で再び歩み出す自由を選んだ決断でした。