「渡辺先生の原稿は、いつも青いインクの万年筆で溢れていた」。当時の担当編集者はそう振り返る。締め切り間際になっても一切の妥協を許さず、銀座の文壇バーで交わした何気ない一言から物語のクライマックスが変更されたこともあったという。夜を徹した推敲、そして登場人物の心理描写に対する執念は凄まじいものがあった。
また、未公開の書簡には、医師を辞了する際の苦悩と「人間を切り開くメスを、言葉に変える」という強い決意が記されていた。医療の現場で看取った無数の死。その痛みが彼をペンへと向かわせ、生きている間の愛を徹底的に描き切る原動力となったのだ。