浅田真央の父・敏治氏が、名古屋有数の繁華街・女子大園(中区栄)界隈で伝説的な存在だったことは、地元の夜の街を知る者の間では有名な話だ。昭和から平成にかけて、彼は複数のホストクラブや飲食店を経営し、自らも売れっ子ホストとして一世を風靡したとされる。甘いルックスと巧みな話術で顧客を魅了し、一時は「名古屋の夜の顔」とまで称されるほどの成功を収めていた。
夜の世界で培った資金力と商才は、間違いなく幼少期の真央と姉・舞のスケート生活を支える基盤となった。フィギュアスケートは、コーチ代、リンク使用料、振付費、衣装代、海外遠征費と、年齢が上がるごとに費用が跳ね上がる超裕福層のスポーツだ。敏治氏が夜の街で稼ぎ出した資金がなければ、初期の浅田姉妹の英才教育が成り立たなかったこともまた、否定できない事実である。