超特急にとって、東京ドームは単なる「大きな会場の1つ」ではありません。彼らが街頭の路上ライブやCDの手売りからスタートした黎明期、リーダーのリョウガをはじめ創設メンバーが涙ながらに誓い合った「いつか必ず8号車(ファンの呼称)を東京ドームへ連れて行く」という原点の約束そのものです。
ダンス&ボーカルグループの戦国時代において、彼らの歩みは決して平坦なものではありませんでした。メインボーカルの脱退やメンバーの引退、度重なるフォーメーションの再編など、グループの存続そのものが危ぶまれた局面が幾度もありました。それでもなお、彼らが看板を下ろさず、歩みを止めなかったのは、このドームという終着駅であり再出発点への強い執念があったからに他なりません。
当時のインタビューや特番での取材陣の記録を振り返っても、メンバーのタカシは「どれだけ形が変わろうと、レールが途切れない限り終着駅は変わらない」と語り、ユーキは「東京ドームに立てないなら、このグループを続けてきた意味を証明できない」と言い切るほどの強い覚悟を見せていました。ファンである8号車にとっても、東京ドームは単なる通過点ではなく、「グループの存在証明とアイデンティティそのもの」として共有されているのです。