アイドルのようなルックスに注目が集まりがちだった一方で、彼女の本質は世界水準のスケーティングスキルを備えた生粋のアスリートでした。その実力を最も雄弁に物語るのが、1972-1973年シーズンから1979-1980年シーズンにかけて達成した渡部絵美 全日本選手権8連覇という空前絶後の大記録です。中学生にして日本の頂点に立ち、そこから20歳で引退するまで、国内のライバルたちを一切寄せ付けない絶対王者として君臨し続けました。
さらに特筆すべきは、1979年にオーストリア・ウィーンで開催された世界フィギュアスケート選手権です。渡部さんは並み居る欧米の強豪を相手に堂々たる演技を披露し、渡部絵美 世界選手権銅メダルを獲得しました。これは日本女子シングル史上初の快挙であり、当時「欧米勢の牙城」と見なされていたフィギュアスケート界において、東洋人選手が表彰台に登るという歴史的ブレイクスルーを果たした瞬間でした。
上記の渡部絵美 スケート戦績一覧が示す通り、彼女が刻んだ数字は日本女子フィギュア界における「初」の連続でした。彼女の開拓したルートがあったからこそ、その後の日本選手に対する国際審判員の評価基準が引き上げられ、世界選手権や五輪で堂々とメダルを狙える土壌が育まれたのです。