「足が3本ある人」の実在を証明する最大の証左が、1889年にイタリア・シチリア島で生まれたフランチェスコ・“フランク”・レンティーニ(Francesco "Frank" Lentini)です。彼は通常の両足に加え、右腰の側面から完全に成長した3本目の足が伸びており、その足の膝部分からはさらに小さな退化した足骨と余剰の足指(計4つの足首)が生えていました。さらに骨盤内には2組の完全に機能する生殖器が存在していたと記録されています。
レンティーニは後年、自費出版した小冊子『The Life History of Francesco A. Lentini, Three-legged Wonder(3本足の驚異、フランチェスコ・A・レンティーニの生涯記)』の中で、自らの過酷な少年時代を赤裸々に告白しています。地元では「悪魔の子」と忌み嫌われ、家族からも受け入れられなかった彼は、一時期障害児専門の保護施設に預けられました。当時の手記には、彼が絶望の淵から這い上がった決定的な瞬間が克明に綴られています。
「施設で目にしたのは、耳が聞こえず、目も見えず、自分の足で立ち上がることすら一生叶わない子どもたちの姿だった。その瞬間、私の愚痴は消え失せた。私には動く足が2本どころか、3本もあるではないか」
この強烈なパラダイムシフトを経て、彼は自身の身体を呪うのではなく最大の武器に変える道を選びます。8歳でアメリカへ渡ったレンティーニは、伝説的な興行師P・T・バーナムが率いるバーナム&ベイリー・サーカスやバッファロー・ビルのワイルド・ウェスト・ショーと契約。「グレート・レンティーニ」の芸名で舞台に立ち、3本目の足でサッカーボールを巧みに蹴り飛ばすパフォーマンスや、3本の足を駆使したスケートを披露して一世を風靡しました。
舞台上での彼は常に礼儀正しく、機知に富んだユーモアで観客を魅了しました。「靴を買うときはいつも1足半(3足)頼むのだが、余った片方をどうするか店員に聞かれるのが楽しみでね」と語るなど、インテリジェンスに溢れた紳士として愛されたのです。私生活でもテレサ・サレーという女性と正式に結婚して4人の健常な子どもをもうけ、77歳でフロリダ州にて老衰で亡くなるまで、自立した人間としての誇りと尊厳を保ち続けました。