ネット上のまとめ記事やゴシップ掲示板では、「大鵬は貴闘力を死ぬまで憎み続け、一切の接触を拒否したまま世を去った」という論調が散見されます。しかし、一次関係者の取材や親族の証言を丁寧に突き合わせると、単純な愛憎の二元論では括れない複雑な実態が浮かび上がってきます。
確かに大相撲の公的な場において、大鵬が元大嶽親方を許すことは組織の規律上あり得ませんでした。しかし、家庭内における情愛は完全に断ち切られていたわけではありません。大鵬は晩年、貴闘力と美香さんの間に生まれた4人の孫たち(納谷幸男、幸林、幸之介=王鵬、幸成=夢道鵬)を溺愛し、自宅に招いては相撲の手ほどきや精神訓話を授けていました。
2013年1月19日、大鵬が72歳でこの世を去った際、貴闘力は親族席に座ることは叶いませんでしたが、密かに通夜の場に駆けつけ、義父の遺影に深々と頭を下げて涙を流したと報じられています。大鵬自身も生前、病床の近親者に対して「あいつも不器用な男だからな」と漏らし、娘婿の生活や孫たちの行く末を最後まで気にかけていたという証言が残っています。世間向けの「絶縁」という厳しい仮面の下には、相撲にしか生きられなかった男同士の、言葉にならない痛切な情が存在していました。