かつて多くのメディアが詰めかけ、ご成婚当日の朝に皇室へ向かう雅子さまを送り出した場所が、東京都目黒区南の住宅街に佇んでいた「小和田邸(目黒区南)」である。閑静な住宅街の一角、緑豊かな庭に囲まれたその邸宅は、昭和から平成の幕開けを象徴する数々の歴史的瞬間の舞台となった。
しかし、時の流れとともに家族のライフスタイルも大きく変化した。主である小和田恆氏がオランダ・ハーグでの重責を担うなど海外生活が長期化し、さらにお子様方の独立も重なったことで、広大な敷地の維持管理や防犯面の見直しが議論されるようになった。近隣住民の間で惜しまれつつも敷地が売却され、新たな住宅地として再整備された背景には、環境の変化に応じた実質的かつ合理的な判断があったとされる。名門の邸宅は姿を変えたものの、近隣には今もなお当時の温かな交流を懐かしむ声が残る。