日本現代文学の潮流において、深沢潮の立ち位置はきわめて特異だ。彼女の紡ぐ物語は、フェミニズム文学としての鋭利な批評性を備えつつも、決して机上のフェミニズム理論には終始しない。生活者の貧困、育児や介護の重圧、職場におけるマイクロアグレッションなど、同時代の空気を生々しく取り込んだ社会派小説としての強度を兼ね備えている。
被害者と加害者という安易な二元論を拒絶し、誰もが無意識のうちに抑圧の共犯者になりうる危うさを提示する点に、深沢作品の真骨頂がある。読者はページをめくるごとに、登場人物の醜さや弱さに苛立ちを覚えつつも、やがてそこに鏡のように映し出される自分自身の姿に息を呑むことになる。