死の直前まで行われていたロンドン復活公演のリハーサル現場は、メディアが書き立てた「歩くこともままならない廃人」というイメージとは大きく乖離していました。死後に公開されたドキュメンタリー映画『THIS IS IT』のリハーサル映像において、マイケルは50歳という年齢を感じさせないキレのあるダンスステップと、スタッフに細部まで音のニュアンスを指示するプロフェッショナルな姿を見せています。
しかし、舞台裏では確実に限界が近づいていました。当初、マイケル側は10回程度の限定的なショーを想定していたものの、チケットの即日完売を受けてプロモーターのAEG Liveが日程を全50公演へと大幅に拡大した経緯があります。自著や生前のインタビューで「完璧なエンターテインメントを提供しなければならない」と語り続けたマイケルにとって、このスケジュールは凄まじい精神的負荷となってのしかかりました。
晩年の激やせの理由についても、過酷なリハーサルによるエネルギー消費に加え、長年患っていた尋常性白斑や全身性エリテマトーデス(膠原病)に伴う食欲不振、1984年のペプシCM撮影時の頭部大やけど以降続く慢性頭痛に対する鎮痛剤依存が複雑に絡み合っていたことが現場スタッフの証言から明らかになっています。