秋良連合会を率いる秋良東力会長の経歴は、昭和から平成の裏社会激動期と重なります。秋良会長は、かつて山健組の武闘派として名を馳せ、後に山口組直参となった太田守正組長率いる「太田興業」で頭角を現しました。若頭代行や若頭といった要職を歴任し、組織の実力部隊を取り仕切る中核としてその名を広めたとされます。
2008年秋、太田興業の解散・引退に伴い、その地盤と組員を継承する形で「秋良連合会」を結成。同時に六代目山口組の直参(二次団体組長)へと抜擢されました。直参昇格後は、組織防衛の手腕を評価されて幹部ポストへ登用されるなど、歴代幹部のなかでも際立った存在感を示してきました。秋良連合会の歴代幹部には、会長を支える若頭や本部長、舎弟頭として旧太田興業時代からの古参実力者が名を連ね、血脈の結束を誇ってきた歴史があります。