インドネシアがかつてオランダの植民地(オランダ領東インド)であったことは広く知られていますが、巷で語られる「350年間の暗黒の植民地時代」という言説には、歴史学的な視点から精査すべき重要な事実が存在します。
発端となったのは、1602年に設立されたオランダ東インド会社(VOC)によるモルッカ諸島を中心とした香辛料貿易の独占でした。当時、ヨーロッパで金と同等の価値を持っていたナツメグやクローブなどの香辛料を求め、オランダはジャワ島西部のバタヴィア(現在の首都ジャカルタ)に商館を設置。しかし、この時期のオランダは領土支配そのものを目的としていたわけではなく、拠点を中心とした交易ネットワークの利権掌握に主眼を置いていました。
広大な島嶼群からなるインドネシア全土が名実ともにオランダの直接支配下に置かれたのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのアチェ戦争などを経た「近代植民地国家」の形成期であり、実質的な全土統治期間はおよそ数十年間から100年程度に過ぎません。1945年の独立時にスカルノが国民統合のナショナリズムを高揚させるために掲げた「350年の受難」という象徴的フレーズが、今日まで広く定着した背景があります。