水郷を語るうえで外せないのが、この地に伝わる伝統木造舟「揚舟(あげふね)」の存在だ。かつて度重なる水害から命と家財を守るため、各農家の軒下に吊り下げられていたこの小舟は、今や訪れる者を異世界へと運ぶ水先案内人となっている。
船頭が一本の竹竿で川底を突くと、舟は滑るように水面を進み出す。エンジンの唸り声はない。聞こえるのは水滴が滴るかすかな音と、時折飛び立つ水鳥の羽音だけだ。頭上を覆い尽くすほどのヨシのトンネルをくぐり抜けると、突如として視界が開け、空と水が一体化した広大な遊水地が現れる。このダイナミックな景観の転換こそが、舟旅最大のクライマックスだ。乗船予約は午前中の早い時間帯に集中するため、朝一番の便を確保することが静寂を独り占めする鉄則となる。