テレビ画面に映し出される山本美香さんの姿は、砂塵が舞う過酷な戦場にあって異彩を放っていました。整った顔立ちに、意志の強さを宿した涼やかな目元。防弾チョッキやヘルメットを着用しながらも失われない清楚で透明感のある佇まいは、2000年代初頭のメディアにおいて瞬く間に「美人記者」というフレーズで定着していきました。
しかし、彼女自身はこの表面的な評価に対して強い戸惑いと静かな反発を抱いていたことが、当時の関係者や同僚たちの証言から明らかになっています。山梨県立都留高等学校から都留文科大学を経て、1990年に朝日ニュースター(CS放送局)でキャリアをスタートさせた若い頃の写真は、清楚なニュースキャスターそのもの。その清潔感あふれる美貌が、危険地帯の泥臭い取材現場とあまりにかけ離れていたため、日本のワイドショーや週刊誌はこぞって「戦場の美しきヒロイン」として取り上げました。
当時のインタビューや自著で山本さんは、次のような胸中を吐露しています。「外見で判断されることには正直悔しさもあった。けれど、私の姿をきっかけにしてでも、日本から遠く離れた場所で苦しむ子どもたちや女性たちの現実に目を向けてもらえるなら、それもひとつの入り口でいい」。容姿に対する世間の好奇の目を自覚したうえで、それをジャーナリズムの武器として引き受け、圧倒的な現場取材力によって自らの存在を証明していったのです。