赤線地帯の歴史を語る上で欠かせないのが、東京を代表する特飲街である「吉原」「玉の井」「鳩の街」の存在と、そこに花開いた独特の建築文化です。
吉原は江戸時代からの圧倒的な歴史を誇る遊郭から赤線へと看板を変えたエリアでした。広大な敷地に整然とした区画が残り、大門跡や見返り柳といった往年の名残を保ちながら営業を続けました。売春防止法施行後、吉原の赤線建築の多くは「トルコ風呂(現ソープランド)」へと業態転換を果たし、現在も日本最大の風俗街としてその機能を保持しています。
対照的なのが、墨田区に位置した「玉の井」と「鳩の街」です。作家・永井荷風の『濹東綺譚』で知られる玉の井は、東京大空襲で壊滅的な打撃を受けた後、隣接する現在の墨田三丁目付近へと移転し「新玉の井」として復興しました。また、玉の井の近隣に誕生した「鳩の街」は、空襲を免れた狭隘な路地裏に迷路のように特飲店が密集し、荷風や吉行淳之介といった文豪たちの作品の舞台となりました。
これらの街を彩ったのが、通称「カフェー建築」と呼ばれるキッチュで華麗な建物群です。当時の警察の指導により、特飲店は「純喫茶やバー」のような外観を整えることが義務付けられていました。そのため、以下のような意匠が凝らされたのです。
- モザイクタイルの円柱:客を招き入れるエントランスや店内の柱に、カラフルな豆タイルが螺旋状に貼り巡らされた。
- アールを描く壁面と丸窓:直角を嫌い、曲面(R形状)を多用した壁や、船の小窓を思わせる円形窓・ステンドグラス。
- 二階の手すりとバルコニー:二階で待機する女性たちが路地の客へアピールできるよう、洋風の装飾バルコニーが設置された。
貧困と頽廃が渦巻く時代にあって、女性たちを少しでも美しく見せ、男性客にモダンな非日常を感じさせるために生み出されたカフェー建築は、戦後日本が生んだ哀しくも切ない建築的遺産といえます。