本作のクライマックスにおいて、読者・観客の涙腺を決壊させる決定打となるのが、互いが最終的に送り合った「君の膵臓をたべたい」という一言です。物語の冒頭で桜良が口にする「昔の人はどこか悪いところがあると、他の動物のその部分を食べたんだって」という他愛もない雑談から始まったこの言葉は、ラストシーンにおいてまったく異なる重みを持って響き渡ります。
「好き」や「愛している」といった既存の言葉では到底括りきれない感情を抱いた2人が、なぜあえてこの奇怪なフレーズを選んだのか。桜良が遺した秘密の日記帳『共病文庫』に記されていたのは、「他者の爪の垢を煎じて飲む」という民間信仰から転じた、「その人の一部を取り込み、その人になりたい」という切実な渇望でした。
他者との関わりを断絶し、自足した世界で生きていた「僕」は、周囲を笑顔で照らし誰からも愛される桜良の強さに憧れていました。一方で、常に他人の視線を意識し、周囲との関係性の中でしか自己を確立できなかった桜良は、たった一人で完結した凛とした強さを持つ「僕」を羨望していたのです。互いに「自分にないもの」を完璧に持つ相手への純粋な敬意と憧憬。それが行き着いた終着点こそが、「あなたの膵臓をたべて、あなたの中で生き続けたい」「あなたのようになりたい」という魂の共鳴でした。
物語終盤、「僕」が病院を抜け出した桜良に送った最後のメールの文面と、桜良が『共病文庫』の遺書ページに書き遺していた想いが完全にシンクロしていた事実が発覚した瞬間、読者は2人がどれほど深いレベルで結びついていたかを悟らされます。あの一言は、生と死の境界線を飛び越えて魂を分かち合う、究極の人間讃歌だったのです。