ネット上のまとめ記事やSNSの短尺動画では、伊勢谷友介の半生は「天から二物も三物も与えられた完璧超人のサクセスストーリー」として語られがちです。しかし、過去の本人の手記やロングインタビューを丹念に辿ると、まったく異なる人間的苦悩の輪郭が浮き彫りになります。
藝大生時代、彼は自著や当時の対談において「周囲の圧倒的な才能に対するコンプレックス」を幾度となく告白しています。天才肌の職人や純粋芸術家がひしめく藝大の環境において、自己のアイデンティティがどこにあるのかを激しく模索し、もがき苦しんでいたと述懐しています。
また、モデルとして脚光を浴びたことに対しても、自らの肉体や顔立ちという「先天的要素」だけで評価されることへの強い違和感を抱えていました。「外見ではなく、自らが頭脳と手を使って生み出した作品で評価されたい」という強烈な飢餓感こそが、彼を映画監督への挑戦や、環境問題に取り組む「リバース・プロジェクト」の立ち上げへと突き動かした動機でした。
恵まれたビジュアルに安住することを良しとせず、常に過剰なまでの理想を掲げて突っ走る――その純粋すぎる前のめりな姿勢と精神的重圧が、良くも悪くも彼の人生を激動のものにしていった事実は、単なる美男子論では見落とされがちな重要な側面です。