長らく「ホコリをかぶる昭和の遺物」と揶揄されていた木彫り熊が、なぜこれほど高値で売れるようになったのか。その背景には、単なるレトロブームにとどまらない日本文化史・デザイン史の再検証が存在します。
北海道における木彫り熊の歴史は、大正時代に旧尾張徳川家当主の徳川義親(とくがわ よしちか)公がスイス旅行から持ち帰った民芸彫刻に端を発します。寒村だった八雲町の開拓農民たちが、冬場の副業と情操教育のために手掛けた「農民美術運動」こそがその祖型でした。柳宗悦らが提唱した「民藝運動」の思想と結びつき、当初はスイスのモダンデザインや素朴な木工技術を取り入れた洗練された美術工芸品だったのです。
2020年代以降、東京ステーションギャラリーなどで開催された木彫り熊の美術展やデザイン誌での特集を契機に、この八雲町の歴史が広く知られることとなりました。ノミ跡を活かした抽象的なフォルムは、北欧家具やミッドセンチュリーインテリアと抜群の調和を見せるため、都心の感度の高い30代〜40代のインテリア愛好家や若手アートコレクターが熱心に買い集め始めたのです。かつて「お土産品」として十把一絡げにされていた歴史的傑作が、本来持つべき彫刻・アートとしての適正な評価を取り戻した結果が、現在の最新相場高騰の正体です。