モハメド・アリの体に最初の異変が現れ始めたのは、現役生活の最終盤にあたる1980年前後のことでした。当時、かつてのマシンガントークにわずかな呂律の回りにくさが見られ、トレードマークだった敏捷なフットワークにもわずかな遅れが生じていました。
1980年10月に行われたラリー・ホームズ戦の前、アリはメイヨー・クリニックで精密検査を受けており、この時点で医師団は神経系の初期異常を察知していました。専属医師を務めていたフェルディ・パチェコ氏は、頭部へのダメージ蓄積を危惧して現役引退を強く勧告していましたが、アリは戦いを続け、1981年12月のトレバー・バービック戦を最後に39歳で現役を引退しました。
引退から約3年後の1984年9月、ニューヨークのコロンビア・長老派教会医療センターで受けた詳細な検査により、アリは正式に「パーキンソン症候群(パーキンソン病)」と診断されました。当時アリはわずか42歳。一般的に高齢者に多いとされる疾患が、40代前半の若さで伝説の王者を襲ったという事実は、世界中に大きな衝撃を与えました。