長嶋茂雄氏に「愛人」の二文字が付きまとう最大の原因は、2004年3月4日に起きた脳梗塞の発症現場をめぐる初期報道にあります。当時、アテネ五輪野球日本代表監督として陣頭指揮を執っていたミスターは、突如として都内の医療機関に緊急搬送されました。
搬送直後、公式発表では「田園調布の自宅で体調不良を訴えた」と説明されましたが、一部の週刊誌や夕刊紙が「実は世田谷区内の別のマンションにいた」「通報した第一発見者は妻ではなく、親密な関係にある女性だった」とセンセーショナルに書き立てたのです。当時、妻・亜希子夫人は重い持病(膠原病など)を患っており、アメリカや静養地を行き来する別居に近い生活を送っていたことも、世間の「愛人宅で倒れたのではないか」という邪推に拍車をかけました。
しかし、当時の救急搬送記録や関係者の詳細な証言を辿ると、事実は大きく異なります。実際に付き添っていたのは、長嶋氏の体調管理を任されていた専属運転手や個人事務所のスタッフ女性でした。超多忙を極めたミスターの健康を支えるためのサポート体制が、マスコミの過激なスキャンダリズムによって「愛人関係」へと歪められて報じられたのが、噂の真実の始まりです。