まずは、言葉の正確な意味と成立背景から整理していきましょう。三省堂や岩波書店の主要国語辞典によると、このことわざは「まだ手に入れていないものを、すでに自分のものになったと仮定して、あれこれ利益を計算することの愚かしさ」を戒める教訓として定義されています。
語源となった背景には、江戸時代の狩猟文化と商慣習が色濃く反映されています。当時、狸の毛皮は防寒具や筆の材料として高値で取引されていました。山へ入る猟師が、まだ森の奥で動き回っている狸を見つけ、捕まえてもいないうちから「あの狸を仕留めれば銀何匁になる。あれを売ったら酒を買い、新しい着物を仕立てよう」と胸算用を弾ませていた姿を風刺した小話が元になっています。
古典芸能である狂言の演目『今参り』や、江戸中期の上方いろはかるたにも「捕らぬ狸の皮算用」が登場することから、町民文化が花開いた時代にはすでに広く庶民の共通認識として定着していたことが確認できます。つまり、人間が「未来の不確定な富」を脳内で先取りして歓喜する習性は、数百年以上前から何一つ変わっていないのです。
「取らぬ」と「捕らぬ」どちらの漢字表記が適切か?
インターネット上の議論や校閲の現場でしばしば質問に上がるのが、「取らぬ」と「捕らぬ」の漢字表記の違いです。結論から言えば、どちらを表記しても間違いではありませんが、執筆媒体のルールによって明確な使い分けが存在します。
動物を「捕獲する」という原義を厳密に反映させるなら「捕らぬ」が直感的です。しかし、日本の新聞や通信社が準拠する『記者ハンドブック』(共同通信社)や常用漢字表の制限においては、「捕」の字訓に「と(る)」は含まれているものの、公用文や新聞報道では平易な「取らぬ狸の皮算用」が標準的な統一表記として採用されています。公的文書やWebメディアの原稿を作成する際は、一般的な「取らぬ」を選択するのが最も安全かつスマートな判断といえます。