ネット上の旅行ブログやSNSの投稿において散見される最大の誤解が、「鮭川村のトトロの木はジブリ映画の公式モデルになった木である」という言説です。この点について、植物学的データおよび制作背景の事実関係を整理しておく必要があります。
劇中でサツキとメイが雨の夜に出会い、やがて芽を出したドングリの森を一瞬で巨木へと成長させる場面に登場する木は、明確に「クスノキ(楠)」として描かれています。クスノキは照葉樹林帯を代表する常緑広葉樹であり、暖地を好むため東北地方の山間部に自生することは基本的にありません。
一方、山形県鮭川村の「小杉の大杉」はその名の通り日本固有の針葉樹である「スギ(杉)」です。つまり、鮭川村の巨木は映画の直接的なロケーションモデルとして選ばれたわけではなく、千年以上もの風雪に耐えて成長した巨木の枝ぶりが、奇跡的にトトロのシルエットと完全一致した「自然界の偶然の産物」なのです。
この事実を知ることで、人の作為を超えた自然の造形美に対する畏敬の念はさらに深まります。アニメーションの世界観を想起させるクスノキの巨樹を見たい場合は、鹿児島県の蒲生の大クスや静岡県熱海市の来宮神社の大楠などを訪れ、キャラクターの愛らしい外見そのものに出会いたいなら鮭川村の杉を訪ねるというのが、正しい鑑賞のアプローチです。