曽々木海岸の窓岩がなぜ耐えきれずに崩落してしまったのか。その理由は、奥能登特有の地質形成の歴史と地震の衝撃波にあります。窓岩は、数千万年前の火山活動によって噴出した流紋岩(りゅうもんがん)で構成されており、冷え固まる際に形成された「板状節理(ばんじょうせつり)」と呼ばれる無数の平行な割れ目を持っていました。
長年の日本海の荒波と風雨による浸食(風化・海食作用)がこの割れ目に沿って進行したことで、奇跡的に中央部が抜け落ちて「窓」が誕生しました。つまり、絶景を生み出した自然の浸食プロセスそのものが、構造的な脆弱性を孕んでいたことになります。
石川県や地質学会の現地調査報告によると、能登半島北部を襲った震度7の極めて周期の長い大揺れと強烈な突き上げが、長年かけて浸食されていた板状節理のクラック(亀裂)を一気に押し広げました。支柱となっていた薄い岩壁が自重を支えきれなくなり、上部アーチとともに一瞬にして崩壊したと分析されています。