ネット上の検索窓やSNSの質問コーナーでは、「なぜ兄妹なのに名字が違うのか」「母親が違う異母兄妹なのではないか」といった疑問が定期的に浮上します。しかし、これは歌舞伎界特有の襲名制度と、日本舞踊松本流の命名慣習を知らないことから生じる完全な誤解です。
高麗屋の男性後継者は、幼名から始まり、代々の名跡を継いでいきます。幸四郎の場合、三代目松本金太郎から七代目市川染五郎、そして十代目松本幸四郎へと名跡を重ねてきました。「市川」や「松本」は屋号や由緒に紐づく芸名であり、戸籍上の本名は一貫して「藤間」です。
対して、女性である妹の芸名「松たか子」は、日本舞踊松本流の名取名である「松本幸華」を経て、女優としてデビューする際に名付けられました。名字の「松」は、高麗屋の「松本」の頭文字を一文字取ったものであり、祖父である初代松本白鸚(八代目松本幸四郎)の芸名への敬意と、本名の「隆子(たかこ)」を組み合わせ、親しみやすく響きの良い芸名として考案されたものです。つまり、名字が異なって見えるのは家庭の確執や複雑な出自ではなく、伝統芸能の厳格な名跡制度と現代劇女優としてのプロデュースが見事に融合した結果にほかなりません。