Q1:大平正芳の死因と亡くなった年齢は?
A1:死因は心筋梗塞による急性心不全です。1980年6月12日、衆参同日選挙の遊説中に倒れて入院していた虎の門病院で、70歳で急逝しました。
Q2:大平正芳と田中角栄はどのような関係でしたか?
A2:大蔵省時代からの盟友であり、互いに認め合う政治的パートナーでした。大平は田中内閣で外相として日中国交正常化を実現させ、田中は大平内閣の誕生を派閥の数で強力に後押ししました。
Q3:「田園都市国家構想」とは具体的にどのような政策でしたか?
A3:高度経済成長による過密・過疎の弊害を是正するため、都市の高い機能性と地方の豊かな自然環境・人間味ある文化を調和させた国土づくりを目指した総合政策です。現在の地方創生やデジタル田園都市構想の原案となりました。
Q4:大平正芳が「讃岐の鈍牛」と呼ばれた理由は?
A4:香川県(讃岐)出身であることに加え、言葉数が少なく行動が慎重でありながら、一度決断した政策や課題に対しては牛のように粘り強く着実に前進させたことから名付けられた愛称です。