有賀さつきさんの急逝が報じられた直後、日本中が深い悲しみと困惑に包まれました。病院に緊急搬送されてからわずか数時間での旅立ちであり、公式発表が出るまで死因は伏せられていました。後に明らかになった直接の死因は「卵巣がん」でした。
最も世間を驚かせたのは、同居していた実父である有賀洋氏にさえ、自らの重篤な病状を一切打ち明けていなかったという事実です。洋氏の当時の手記や報道各社の取材証言によると、有賀さんは父に対して「ちょっと体調を崩して入院するけれど、すぐに戻るから心配しないで」とだけ伝え、自らの足で入院手続きを行っていました。
なぜここまで徹底して病気を隠し通したのか。背景には、有賀さんが貫き通した「3つの強い信念」が存在します。
第1に、「最愛の娘と高齢の父親に精神的負担をかけたくない」という家族愛です。当時高校生だった一人娘の将来を案じ、母親の闘病で動揺させたくないという強い母親としての責任感がありました。
第2に、「生涯現役の表現者であり続けたい」というプロ意識です。病気を公表すれば、周囲から「病人」として扱われ、仕事のオファーが途絶えてしまうことを危惧していました。亡くなる直前まで大学での講義やテレビ収録のスケジュールを精力的にこなしていた姿は、多くの関係者の記憶に焼き付いています。
第3に、「他人に弱音を吐かず、常に明るい有賀さつきでありたい」というセルフプロデュースの美学です。フジテレビ時代から「お茶の間に笑顔を届けること」を使命としていた彼女にとって、同情を集めることは本意ではありませんでした。