韓国社会において性犯罪への処罰や被害者保護の法整備が劇的に動いた背景には、社会を震撼させた複数の象徴的な事件と、それに対する市民社会の強い反発が存在します。単なる個別の刑事事件にとどまらず、司法のあり方そのものを変革させた主な経緯を整理します。
1. チョ・ドゥスン事件(2008年)と厳罰化の幕開け
京畿道安山市で発生した8歳の女児に対する極めて凶悪な強姦致傷事件は、韓国社会に底知れぬ衝撃を与えました。当時、心神微弱(飲酒による責任能力の減退)が認められて懲役12年の判決に留まったことに対し、国民的な怒りが爆発。青瓦台(大統領府)への国民請願が殺到し、出所後の監視を強化する通称「チョ・ドゥスン法」(保護観察官による24時間の密着管理など)の成立や、電子足首輪(GPS装着装置)の適用拡大、性犯罪者身元公開制度の強化へとつながりました。
2. 密陽(ミリャン)集団性暴行事件(2004年)と再燃する国民感情
慶尚南道密陽市で中学生の少女が約40名の男子高校生らから集団暴行を受けた事件では、加害者の大半が少年法等の適用により刑事処罰を免れたり保護処分に留まったりした経緯があります。被害者保護の不備や捜査段階での人権配慮の欠如が激しく批判され、20年近くが経過した現在でも、告発系YouTuberらによる加害者とされる人物らの私的制裁や身元暴露動画が投稿され、法治国家における「私刑(リンチ)」の是非を含めた再炎上事態を巻き起こしています。
3. 弘大(ホンデ)日本人女性暴行事件(2019年)の司法判断
ソウル市麻浦区の弘大入口駅付近で、日本人女性観光客が声をかけてきた男を無視したところ、侮辱的なヘイトスピーチを浴びせられ髪の毛を掴まれて暴行を受けた事案です。動画がSNSで瞬く間に拡散されて両国で大きなニュースとなり、警察は加害者の30代男性(当時、別の事案で執行猶予中)を迅速に拘束。裁判所は「反省の色が見られず再犯の危険性がある」として懲役1年の実刑判決を言い渡しました。外国人観光客に対する暴力行為に対しても厳正に対処する姿勢が示された事例です。
4. 江南クラブ「バーニングサン」事案(2019年)と薬物・性暴力スキャンダル
ソウル有数の高級繁華街・江南に位置するナイトクラブにおいて、GHB(いわゆるデートレイプドラッグ)等を用いた性的暴行疑惑や警察との癒着疑惑が浮上し、K-POPアーティストや実業家が関与する一大スキャンダルへと発展しました。この事案を機に、韓国検察・警察は繁華街における薬物流通とそれに伴う性犯罪に対する特別取締本部を常設化し、取り締まり基準を大幅に引き上げました。
5. 「n番部屋事件」から新興デジタル性犯罪集団への追及
メッセンジャーアプリ「テレグラム」等を悪用し、女性や未成年者を脅迫して性的な動画を撮影・共有させていた「n番部屋事件」(主犯のチョ・ジュビンには懲役42年が確定)に続き、近年では男女230人以上を脅迫・搾取したとされる「自警団」を名乗る組織のトップ(キム・ノクワン)が摘発・起訴されるなど、サイバー空間における組織的性暴力に対する捜査手法と法廷での求刑は極めて重罰化しています。