甲子園には「魔物が棲む」と古くから形容されますが、その正体は極限のプレッシャーと球場全体の熱気が引き起こす、人間心理の劇的な揺らぎに他なりません。
箕島対星稜(1979年)|人工芝の継ぎ目と二度の同点本塁打
延長12回裏、星稜が1点をリードし、2死走者なし。星稜の勝利まであとストライク1カウントという場面で、箕島の嶋田宗彦が起死回生の同点ソロ本塁打を放ちます。さらに延長16回裏、再び星稜に勝ち越された2死無走者の場面で、打者・森川の放ったファウルフライを星稜の一塁手・加納が追うものの、ラッキーゾーン手前の人工芝とアンツーカーの継ぎ目につまずいて転倒。命拾いした森川がその直後に同点本塁打を叩き込みました。
この転倒について、星稜の山下智茂監督(当時)は後年、「あれは運命だった。誰も責めることはできない」と語り、箕島の尾藤公監督との生涯にわたる深い友情へと昇華していきました。
佐賀北対広陵(2007年)|甲子園全体が揺れた「がばい旋風」の真実
広島の強豪・広陵のエース野村祐輔(元広島東洋カープ)の精密な制球の前に、7回までわずか1安打無得点に抑え込まれていた佐賀北。4点差を追う8回裏、1死満塁から押し出し四球で1点を返すと、球場詰まった約5万人の観衆から地鳴りのような手拍子が湧き起こりました。
球場全体が公立校の勝利を後押しするかのような異様な空間の中、3番打者・副島保彦が投じられた初球のスライダーを強振。打球は左翼席へと吸い込まれる逆転満塁本塁打となりました。捕手を務めていた小林誠司(読売ジャイアンツ)がマスク越しに茫然自失となった表情は、甲子園の空気が持つ強烈なエネルギーを象徴するシーンとして語り継がれています。