華やかな芸能界でトップスターに上り詰めた加藤茶ですが、その少年期は決して平坦なものではありませんでした。1943年に東京で生まれ、戦後の福島県いわき市で育った加藤は、ギタリストであった実父を若くして結核で亡くし、極めて貧しい家庭環境で幼少期を過ごしました。
中学卒業後、病弱な母と妹を経済的に支えるため単身上京した加藤は、昼夜を問わず働きながらドラムスティックを握り続けました。ジャズ喫茶やキャバレーのバンドマンとして腕を磨き、ジョージ川口氏などの名ドラマーに強い影響を受けながら、叩き上げのミュージシャンとして頭角を現していきます。
その後、いかりや長介氏に才能を見出されて「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」へ加入。音楽と笑いが融合した独自のステージングを確立し、瞬く間にグループの看板プレイヤーへと成長していきました。この過酷な下積み時代に培われた「リズム感と間の取り方」こそが、後のコントにおける天才的な笑いのタイミングの礎となったのです。