事故から数年を経て、父・勝新太郎さんの意向もあり、芸名を「鴈龍太郎」(後に「鴈龍」)に改名して舞台俳優として復帰を果たしました。1997年に勝新太郎さんが下咽頭がんで他界した後は、母・中村玉緒さんが設立した個人事務所「エ・ネスト」に所属し、玉緒さんの座長公演などに共演する形で活動を継続します。
勝新太郎さんが遺した推定十数億円から二十億円とも言われる莫大な借金を背負った玉緒さんは、バラエティ番組に精力的に出演して天真爛漫なキャラクターでお茶の間に愛され、過密スケジュールをこなして見事に完済を果たしました。一方で、息子の鴈龍さんは俳優としてのオファーが母親頼みとなり、仕事に対するプロ意識や自立心が育ちにくい環境が続いていました。
転機が訪れたのは2017年頃のことです。中村玉緒さんは周囲の関係者に相談を重ねた末、「このまま母親が生活の面倒を見続けていては、息子の将来のためにならない」「親がいなくなったらこの子はどうやって生きていくのか」という強い危機感を抱くようになります。玉緒さんは断腸の思いで以下の厳しい決断を下しました。
玉緒さんは鴈龍さんへの金銭的援助を完全に打ち切り、自身の個人事務所からも籍を外して「これからは自分の力だけで生活しなさい」と自立を迫りました。これがメディアで「親子絶縁」と報じられた出来事の真相です。憎しみ合っての絶縁ではなく、50歳を過ぎても経済的に自立できない息子を一人前の大人にするための、「親離れ・子離れ」を目的とした愛の鞭でした。