講談やドラマでは「無敵の護衛武士」として描かれる助さん格さんですが、歴史上に実在したモデルの人物像は、ドラマのイメージとは大きくかけ離れています。
助さんのモデルは水戸藩士の佐々宗淳(さっさ むねきよ)、通称・佐々十竹(じっちく)。そして格さんのモデルは同じく水戸藩士の安積澹泊(あさか たんぱく)、通称・安積覚兵衛(かくべえ)です。この二人の本質は、剣豪でも武闘派警護員でもなく、日本屈指の「超一流の儒学者・歴史学者」でした。
徳川光圀が興した最大の国家的一大プロジェクトが、日本の歴史を網羅する『大日本史』の編纂事業です。その調査・編纂機関である「彰考館(しょうこうかん)」において中核を担ったのが、宗淳と澹泊でした。
劇中で描かれる「諸国漫遊」の原型は、実はこの歴史資料集めの旅にあります。宗淳らは全国各地の寺社や公家、武家を訪ね歩き、蔵に眠る古文書の調査や書き写し(筆写)を行いました。悪代官を成敗して回っていたのではなく、歴史資料を求めて日本中を奔走した学問の旅路だったのです。
佐々宗淳はもともと京都の名刹・妙心寺の僧侶でしたが、その卓越した学識を見込まれて還俗し、光圀に仕えました。一方の安積澹泊は彰考館の総裁(最高責任者)を務め、新井白石や荻生徂徠といった当代一流の知識人たちとも堂々と論陣を交わした知性派の巨人です。江戸時代後期から明治にかけて、この学問の旅立ちが講談師たちによって脚色され、痛快なチャンバラ活劇へと生まれ変わっていきました。