日本国内における「ホール・ニュー・ワールド」の受容史を語る上で欠かせないのが、アニメーション版と実写映画版という二つの最高峰キャストによる表現の相違です。
1993年の日本公開時にアニメ版声優石井一孝麻生かほ里の両氏が吹き込んだオリジナルテイクは、ミュージカル界屈指の圧倒的歌唱力と声楽的ベルカントの美しさが極限まで発揮された名演として知られます。当時ミュージカル『ミス・サイゴン』などで頭角を現していた石井一孝氏の豊潤で朗々としたテノールと、劇団四季出身で抜群のクリスタルボイスを誇る麻生かほ里氏のソプラノは、ディズニーのファンタジーが持つ壮大さを完璧に体現しました。リリースから30年以上が経過した現在でも、「ディズニーのデュエットにおける絶対的基準」として君臨しています。
これに対し、2019年のガイ・リッチー監督による実写映画版で実写版吹替中村倫也木下晴香の評判が巻き起こしたセンセーションは記憶に新しいところです。プレミアム吹替版オーディションで抜擢された中村倫也氏は、声優的なベルカント発声とは一線を画す、等身大の青年の息づかいや繊細な逡巡を織り交ぜた歌唱アプローチを採用。舞台女優として若くして頭角を現していた木下晴香氏の強靭で芯のある歌声と見事な化学反応を起こしました。
ディズニー名曲ネットの反応やSNSコミュニティでの言論を分析すると、「アニメ版は王道クラシカルの至高、実写版は登場人物の心音まで伝わるリアリズム」という棲み分けが成立しています。中村氏が見せた「少し不器用ながら誠実にジャスミンを導くアラジン像」と、木下氏が演じた「自立した次期君主としての気品と気迫をたたえたジャスミン像」は、現代の観客が求める人物像に極めて鮮烈にフィットしたといえます。