大洗ゴルフ倶楽部の威名は、日本のプロゴルフ史に刻まれた過酷な死闘によって確立されました。
同倶楽部は、日本ゴルフ界の最高峰トーナメントである「日本オープンゴルフ選手権」を1960年(第25回)と1998年(第63回)の2度にわたり開催。特に1998年の第63回大会は、ゴルフ史に残る伝説の激闘として語り継がれています。
当時の特番インタビューや出場プロの手記において、「フェアウェイに置いたはずのボールが松の枝に遮られ、ピンを狙えない」「海からの突風でアイアンの番手が3番手狂う」といった苦悩の告白が相次ぎました。初日からアンダーパーを記録する選手が激減する中、最終日に田中秀道プロが驚異的な粘りを見せて劇的な逆転優勝を果たした舞台が、この大洗でした。
さらに1982年には「日本女子オープン」、その後も「ダイヤモンドカップゴルフ」など数多くの公式ツアートーナメントが開催され、名だたるトッププロたちがその難攻不落ぶりに敬意を払ってきました。競技志向のゴルファーにとって、大洗をラウンドすることは単なるレジャーではなく、ゴルフの歴史と設計者の思想に対する腕試しの場となっています。