西新井大師の歴史を語る上で欠かせないのが、真言宗の開祖である弘法大師 空海の存在です。寺伝によれば、天長3年(826年)、関東巡錫中の空海がこの地を訪れた際、流行病に苦しむ村人たちを救うため、自ら十一面観音像と自身の姿を彫り上げ、枯れ井戸の傍らで二十一日間の護摩祈祷を修法したとされています。
祈祷の満願の日、井戸からは清らかな霊泉が湧き出し、病魔は瞬く間に退散しました。その井戸が本堂の西側にあったことから「西新井」という地名が誕生したと記録されています。この西新井大師 總持寺 歴史の根底にあるのは、「人々の現実的な苦しみを即座に取り除く」という空海の利他精神そのものです。
ご本尊である十一面観世音菩薩と弘法大師の二尊がもたらすご利益は多岐にわたり、厄除けのみならず、家内安全、商売繁盛、学業成就、当病平癒など、生活全般の平安を守護する力として広く浸透しています。