大衆文化における表象の歴史も、両者のパブリックイメージを決定づけてきた。かつて北野武監督の映画『アウトレイジ』シリーズに象徴されたように、日本の映像空間において肌の紋様は、裏社会の掟、任侠の覚悟、あるいは暴力の記号としての「刺青」としてのみ機能してきた。恐怖と不可侵のアイコン。それが長らく日本人の無意識に刷り込まれた定型だった。
しかし、メディアのグローバル化がその固定観念を揺さぶる。Netflixの世界的ヒット作や、HBOが製作を主導しマイケル・マンが映像化した『TOKYO VICE』では、闇社会のリアリズムを描きつつも、登場人物たちの肌に刻まれた墨が、個人の孤独や運命のメタファーとして重層的に切り取られた。ストリーミングを通じて海外の価値観が日常に流入した結果、視聴者は刺青を単なる犯罪の符牒ではなく、個人のナラティブ(物語)として多角的に観察する視点を獲得している。