ボークの約7割を占める「セットポジションでの完全静止不足」について、グラウンド上ではどのような戦いが繰り広げられているのでしょうか。プロの第一線で戦った元投手や現役アンパイアの手記、現場関係者の証言を突き合わせると、そこにはテレビカメラでは捉えきれない神経戦が存在します。
名球会入りを果たした元エース投手は、現役時代の回顧録でこう吐露しています。
「走者の足が気になればなるほど、首を振ってキャッチャーを見る動作とグラブを胸元に収める動作が一体化してしまう。自分では完全に動きを止めたつもりでも、審判から見れば首の筋やユニフォームのシワがほんの数ミリ揺れている。あのプレッシャーはマウンドに立った人間にしかわからない」
また、NPBで数千試合を裁いた元審判員の証言資料によると、審判団は投手の「グラブ」だけを見ているわけではありません。「投手の膝、腰、そしてユニフォームの裾が完全に静止軌道を描いたか」を周辺視野で捉えています。走者が大きくリードを取って投手の視界を揺さぶり、投手の心拍数を上げて「静止のスキ」を誘発する。ボークは単なるフォームの失誤ではなく、相手ベンチと走者が仕掛けた心理的トラップの結実でもあるのです。