湊かなえ作品の多くは、テレビドラマや映画として実写化され、原作の持つポテンシャルをさらに世に知らしめてきました。しかし、映像と活字では味わえる深みが大きく異なります。
TBS系金曜ドラマとして金字塔を打ち立てた『Nのために』は、ドラマと原作で構成の妙が際立つ好例です。ドラマ版では成瀬と杉下の純愛描写が強調され青春ドラマとしての色彩を帯びていましたが、原作小説は「登場人物それぞれが胸に秘めた『N』への狂気じみた献身」が極めて冷徹な文体で綴られています。「誰が誰のために嘘をついたのか」というパズルのピースがはまる快感は、活字ならではの特権です。
また、『夜行観覧車』では、高級住宅街「ひばりヶ丘」に暮らすエリート家庭の欺瞞が描かれます。坂道を登ることで得られる優越感と、一度転落したときの恐怖。隣人同士の監視の目や家庭内暴力の生々しさは、刊行から年月を経た今なお読者の胃を締め付けます。
さらに注目すべきは『母性』における映画と小説の違いです。映画版では母・ルリ子(戸田恵梨香)と娘・清佳(永野芽郁)の劇的な演技合戦が視覚的インパクトを与えましたが、小説版の核は「同じ出来事を語っているはずなのに、母の手記と娘の回想で事実の認識が180度食い違っている」という信頼できない語り手の手法にあります。「母性とは生まれつき備わっている本能なのか」という重い命題を読者に鋭角に突き刺す構造は、小説版でこそ完全な形を保っています。