歴代天皇の陵墓といえば京都や奈良といった近畿地方を想起する方が多い中、昭和天皇の墓所がなぜ東京西部の八王子に定められたのでしょうか。その直接的な理由は、父君である大正天皇の「多摩陵(たまのみささぎ)」がこの地に造営された歴史的経緯にあります。
1926年(大正15年)に大正天皇が崩御された際、皇室の陵墓を関東の地に設ける方針が固まりました。皇室財産であった旧南多摩郡横山村の御料地が選定されたのは、地盤が堅固で風水害や震災に強く、都心からの交通至便でありながら神聖な静寂を保てる自然環境が整っていたためです。その後、貞明皇后の「多摩東陵」も隣接地に造営されました。
1989年(昭和64年)1月7日に昭和天皇が崩御された際も、先代の御陵と同じ聖域内に埋葬することがごく自然な流れとして決定されました。これによって八王子の地は、大正・昭和の二代にわたる天皇・皇后が眠る「武蔵陵墓地」として確立されたのです。皇室の伝統と近代日本の歩みが深く刻まれた、きわめて重要な歴史的拠点といえます。