笹川良一のもう一つの顔、それは実業家であり社会事業家としての顔だ。彼が終戦直後に着目したのが、公営ギャンブルとしての競艇産業だった。モーターボート競走法の成立に尽力し、1962年に日本船舶振興会(現在の日本財団)を創設。ここから莫大な資金が社会へと流れていく仕組みを構築した。
「世界は一家、人類は皆兄弟」のテレビCMを記憶している人も多いだろう。手に入れた巨額の収益を、造船業界の振興だけでなく、ハンセン病の根絶運動や国内外の災害支援へと惜しみなく投入した。悪名高きフィクサーという裏の顔と、世界的な慈善事業家という表の顔。この両極端な二面性を併せ持つことこそが、笹川良一という人物の最大の謎であり、魅惑の源泉となっている。