なぜ人々は、自宅にいれば高画質なテレビや配信サービスで快適に見られる試合を、わざわざ混雑する街頭や有料の会場に足を運んでまで観ようとするのでしょうか。
フランスの社会学者エミール・デュルケームは、人間が共通の目的や感情を持って一箇所に集まり、互いの感情を増幅させ合う現象を「集合的沸騰(collective effervescence)」と定義しました。スタジアムやパブリックビューイングに満ちるあの爆発的な熱量は、個人の感情が集団の中で共鳴・増幅され、自己の境界線が一時的に溶け合う「共感の極限状態」によってもたらされる心理的報酬です。現代社会において希薄化した「見知らぬ他者との連帯感」を安全に手に入れられる場として、パブリックビューイングは強力な求心力を持っています。
しかし、この集合的熱狂はすべての人にとって心地よいものとは限りません。集団同調圧力が苦手な人や、心理的バウンダリー(境界線)を大切にしたい人にとっては、他者の絶叫や突発的な騒乱は激しい精神的疲労の原因になります。現場へ行くべきか、自宅で落ち着いて楽しむべきか、判断の分かれ目は極めて明確です。
【パブリックビューイングに向いている人】
・得点や勝利の瞬間を、見知らぬ人とも歓声を上げて共有したい「お祭り感」を重視する人
・スタジアムの現地観戦に行けなかったが、応援のコールや臨場感を全身で体感したい人
・多少の混雑や歓声の騒々しさも含めて「エンタメの一環」として寛容に受け止められる人
【自宅観戦・個人観戦を選ぶべき人】
・戦術の細部や解説者の声、ピッチ上の細かなプレーを冷静に見極めたい戦術派・コアファン
・人混み、大声、アルコール臭、パーソナルスペースの侵害に強いストレスを感じる人
・終電の混雑や長時間の立ち見による身体的疲労を避け、リラックスした環境を最優先したい人