クラシック音楽の枠を超え、世界的な知名度を誇る『ダッタン人の踊り』。その最大の魅力は、前半に現れる息をのむほど美しい哀愁のメロディと、後半に押し寄せる怒涛のリズムの鮮烈なコントラストにあります。
本作の生みの親であるアレクサンドル・ボロディン(1833〜1887年)は、ロシア国民楽派「ロシア5人組」の一角を担う天才作曲家でありながら、サンクトペテルブルク軍医学校の化学教授としてアルドール反応の発見など学術史に名を残す一流の科学者でもありました。平日は研究と教育に追われ、自らを「日曜日作曲家」と自虐気味に称していたボロディンにとって、歌劇『イーゴリ公』の創作は18年にも及ぶライフワークだったのです。
ボロディンが劇中で描いたのは、12世紀のロシアと遊牧民族の抗争。捕らわれの身となったロシアの領主イーゴリ公に対し、敵の首長コンチャーク・ハーンが敬意を示し、宴の席で自軍の踊り子たちに命じて披露させる場面がこの『ダッタン人の踊り』です。
東洋と西洋の結節点に位置するロシア特有のエキゾチシズム(オリエンタリズム)と、日本人の耳にも馴染み深い五音音階(ペンタトニック)を思わせる叙情的な旋律線。哀しみを湛えた優美な調べから一転して野生味あふれる太鼓の連打へと雪崩れ込む劇的なドラマ性が、時代や国境を越えて聴き手の心を掴んで離さない本質的な理由です。