オーラルケア製品を巡る言説には、二つの極端な偏向が存在します。一方は「市販の歯磨き粉は危険物質の塊であり、経皮毒で内臓が冒される」といった科学的根拠を欠く恐怖煽動(フィア・マーケティング)であり、もう一方は「国が認可している医薬部外品なのだから、誰がどれだけ使っても100%安全である」という思考停止です。
まず正すべき誤解は、「経皮毒」という概念そのものが医学界では否定されているという点です。歯磨き粉のSLSが口腔粘膜から吸収されて体内に蓄積し、重篤な全身疾患を引き起こすといった主張には、査読を経た信頼できる論文が一切存在しません。分子量や化学構造から見ても、SLSが血中に移行して全身毒性を発揮する可能性は、日常的な使用量(1回あたり1〜2g程度、かつ吐き出してすすぐ)においては考慮する必要がないレベルです。
しかし、見落とされがちな本質的リスクは別のところにあります。それは「泡立ちへの依存が生み出すプラークコントロールの失敗」です。昭和から平成にかけて、日本の消費者はCMを通じて「豊かな泡でゴシゴシ磨くこと=衛生的」という強固な文化的刷り込みを受けてきました。メーカー側も、安価なSLSを少量加えるだけで消費者が満足する豊かな泡立ちを簡単に実現できるため、あえて高コストな低刺激界面活性剤へ切り替える動機が働きにくかったという業界の構造的問題が存在します。
また、自然派を謳う製品のなかには、SLSを排除した代わりに「フッ素(フッ化ナトリウム)」まで一括して排除してしまい、結果としてう蝕(虫歯)リスクを跳ね上げてしまうという本末転倒な製品も散見されます。発泡剤の刺激を避けることと、エビデンスのある虫歯予防成分を享受することは両立可能です。どちらか一方の極論に偏らない冷静な見極めが不可欠です。