放送当時、インターネット掲示板やブログ界隈では大きな反響が巻き起こりました。その多くは「宇多田ヒカルがこんなに脱力系の可愛い曲を歌うとは」「仕事帰りの夕方に聴いて思わず涙が出た」といった好意的な受容でしたが、一方でネット特有の考察文化の中から「ぼくはくまは実は怖い曲ではないか」という奇妙な噂が立ち上がったことも事実です。
この「怖い」という言説を丹念に紐解くと、主に以下の3つの要因が絡み合っていることが分かります。
第1に、合田経郎によるパペットアニメーションの質感です。夕暮れ時を想起させるノスタルジックなライティングや、無表情のまま動き続けるストップモーション特有のぎこちなさが、一部の視聴者に対して「不気味の谷(uncanny valley)」に似た哀愁や不気味さを想起させました。
第2に、「車じゃないよ」という歌詞に対する深読みです。ネットの一部コミュニティでは、「クマのぬいぐるみを抱いた子どもが交通事故に遭った情景を暗示しているのではないか」「死後の世界を歌っているのではないか」といった根拠のないオカルト的な怪談が拡散されました。
しかし、制作サイドの公式見解や宇多田ヒカル本人の証言に照らし合わせれば、これらは完全な誤解です。「車じゃないよ」という一節は、彼女自身が車にくまちゃんを乗せてドライブしていた際、ダッシュボードの上で揺れるぬいぐるみを眺めながら自然に湧き出た鼻歌が原型でした。ダークな裏設定など一切なく、純真無垢な日常のスケッチが、彼女の卓越した詩情によって神秘的な余白を帯びた結果、都市伝説を生む土壌となったと言えます。