無事に繭を作り、蛹(さなぎ)の期間を経て羽化した成虫(カイコガ)には、他の多くの昆虫とは異なる特異な身体構造があります。それは「口器(口)と消化管が完全に退化して機能しない」という点です。
成虫になったカイコガは、水の一滴、餌の一粒すら口にすることができません。飛翔能力も持たず、幼虫期に蓄積した体内脂肪とエネルギーだけを燃料にして生きています。羽化後の寿命はわずか7日〜10日程度です。
なぜこれほど過酷な構造に進化したのか。その背景には「生殖活動への特化」があります。5000年以上前から人間の保護下で生きる蚕は、外敵から逃げる必要も自力で餌を探す必要もなくなりました。成虫の限られたエネルギーを餌探しや消化活動に分散させるのではなく、フェロモンによる異性の探知、交尾、産卵という「種の保存」だけに100%注ぎ込む究極の効率化を選択した結果が、口の退化だったのです。