鮮烈なデビュー以降、2人の間には常に「不仲説」が影のように付きまといました。その背景には、世紀末のJ-POP界におけるミリオンヒット連発の熱狂と、メディアが作り上げた対立構図があります。
R&Bをベースに洗練されたポップスを提示し、驚異的なセールスを記録し続けた宇多田ヒカル。一方、剥き出しの文学性とロックサウンドで独自の美学を貫いた椎名林檎。あまりに対照的な音楽性とビジュアルのイメージから、世間は「天才同士の激しいライバル争い」というドラマを求めがちでした。
しかし、本人たちの証言を振り返れば、そうした不仲説が単なる外野の妄想に過ぎなかったことが分かります。椎名林檎は後年のインタビューで、宇多田ヒカルの存在について「同じ時代に彼女がいてくれたからこそ、自分は自分のやりたい表現に専念できた」と語っています。巨大な市場のプレッシャーを最前線で背負い続けた2人だからこそ、孤高の痛みを分かち合える稀有な理解者同士だったのです。