この伝説的なビジュアルが誕生した背景には、過酷かつ画期的な海外ロケがありました。撮影舞台となったのは常夏のハワイ・オアフ島。まだ一般人の海外渡航が自由化されて間もない1960年代半ば、資生堂の制作チームと写真家の中村正也氏は、本物の太陽光とエメラルドグリーンの海を求めて現地へ飛び立ちました。
当時の日本の化粧品広告といえば、スタジオの白ホリゾントで日傘を差した色白の女性を撮影するのが定番でした。しかし、制作陣が求めたのは「自然と一体化するダイナミックな野生美」です。現地での撮影中、前田さんは照りつける強烈な日差しを浴びながら、波打ち際で何度もジャンプやポージングを繰り返しました。
現地の強い紫外線によってこんがりと焼けた肌は、これまでの化粧品業界のタブーを破る挑戦そのものでした。飾らない笑顔と躍動感あふれる肉体美を切り取った写真は、日本の若い女性たちに「日焼けした肌こそが健康的で新しい美しさ」という全く新しい価値観を植え付け、彼女は日本の水着キャンペーンガールの先駆者として歴史に名を刻むことになりました。