この傑作の誕生を語る上で欠かせないのが、19世紀を代表するスペイン出身の伝説的ヴァイオリニスト、パブロ・デ・サラサーテの存在です。二人の出会いは1859年、パリ音楽院の学生であったサラサーテが、当時すでに新進気鋭の作曲家・ピアニストとして名を馳せていたサン=サーンスのもとを訪ねたことに始まります。
当時まだ15歳前後だったサラサーテの輝かしい才能に、サン=サーンスは雷鳴に打たれたような衝撃を受けました。小柄な体躯から紡ぎ出される滑らかなボウイング、水晶のように透明で狂いのない音程、そして南欧特有の野性味と洗練が同居した天性のリズム感に圧倒されたのです。サン=サーンスは直ちにサラサーテのために『ヴァイオリン協奏曲第1号 作品20』を作曲・献呈し、その4年後の1863年、満を持して書き下ろしたのがこの『序奏とロンド・カプリチオーソ』でした。
サン=サーンスは後に遺した手記や回想録の中で、サラサーテの持つ「軽やかでありながら芯のある美音」と「難曲をいとも容易に歌い上げる天賦の才」を絶賛しています。名手からのインスピレーションを得たからこそ、技術のための技術に堕することなく、歌心と名人芸が奇跡的なバランスで融和したスコアが誕生しました。1867年4月にパリで行われた公開初演では、サラサーテ自身の独奏とサン=サーンスの指揮によって演奏され、場内を埋め尽くした観客から割れんばかりのスタンディングオベーションを受けた歴史が記録されています。