藤原氏の家系図を徹底解剖!鎌足・道長から現代の末裔まで完全網羅

藤原氏の家系図を徹底解剖!鎌足・道長から現代の末裔まで完全網羅

藤原氏の家系図を徹底解剖!鎌足・道長から現代の末裔まで完全網羅にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

藤原氏の歴史を紐解く上で、起点となるのが中臣鎌足と藤原不比等の系譜です。大化の改新(645年)において中大兄皇子(後の天智天皇)と共に蘇我入鹿を討ち倒した中臣鎌足は、その臨終に際して天智天皇より「藤原」の氏を賜りました。これが千二百年余に及ぶ藤原氏の始動点となります。しかし、氏族としての制度的基盤を決定づけた真の設計者は、鎌足の次男である藤原不比等(659年〜720年)でした。

不比等は『大宝律令』の制定に深く関与して律令国家の骨格を築き上げると同時に、自らの娘である宮子を文武天皇の夫人とし、生まれた首皇子(聖武天皇)を即位させることに成功します。さらに光明子を聖武天皇の皇后(非皇族出身として初の立后)へと押し上げました。この「娘を天皇の后とし、その皇子を天皇に即位させて外祖父として君臨する」という外戚政治モデルこそが、藤原氏家系図の本流を貫く権力掌握の基本構造となったのです。

不比等には4人の息子がおり、彼らがそれぞれ「藤原四家」の開祖となりました。長男の武智麻呂が南家、次男の房前が北家、三男の宇合が式家、四男の麻呂が京家を創設。ここから、血族同士による壮絶な主導権争いと淘汰の歴史が幕を開けることになります。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。